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私の見たフランス大統領選挙

1カ月、フランスに滞在した。4月19日から5月18日までだ。この間、フランスでは大統領選挙が行われた。4月23日が第一回投票、2週間後の5月7日が決選投票だ。この2回ともパリにいて、臨場感を味わうことができた。

大統領選挙だから、国全体が当事者であり、別にパリにいたからどうのこうのではないけれど、やっぱり首都にいるのとそうでないのは違いがありそうな気がする。

パリに着くと、あちこちで候補者の写真と標語が載った候補者のパネルを見かける。個別の写真もたまにみかけるけれど、だいたいは候補者全員がまとまっている。

今回の選挙では11人が立候補していた。ほとんどは知らない人だ。知っている人といえば、Marine Le Pen, Emmanuel Macron, Francois Fillonくらいだろうか。しかし、Nathalie ArthaudというLO(Lutte Ouvriere)の写真をみて、デジャヴュの感覚を覚えた。昔、やはりLOから立候補していたアルレット・ラギィリエールにそっくりなのだ。娘なのか、と思ったがそうではないらしい。LOにいるとあんな顔になるのよ、と従妹はそっけなく言う。LOというのは極左なので、従妹はきらっている。

11人の標語をみると、選挙のキャンペーンの訴え方もわかるが、フランス語で端的に表現する方法がわかるような気になる。
1番目から11番目まで、次のようになる。"Debout la France", "remettre la France en Ordre", "La France doit etre une chance pour tous", "Faire battre le coeur de la France", "Faire entendre le camp des travailleurs", "Nos vies pas leurs profits", "Se liberer de l'occupation financiere", "Le temps est venu", "La Force du Peuple","Un choix historique", "Une volonte pour la France"だ。

この標語をみて、どれが誰の、どの党の標語か当てられる人は、相当なフランス通と言えるだろう。

この選挙のおかげで、長い1カ月の滞在期間中、あまり退屈することがなかった。というのも、毎日のニュースが選挙報道になり、毎日同じような報道ではあるけれど、フランス語があまりわからない私にとっては、繰り返し言われる内容で、どうにか理解できるからだ。

フランスでは選挙法で、投票は日曜日と決まっている。ただ、時差の関係で、海外領土やアメリカなどの居住者は、前日の土曜日に投票している。
投票箱は透明、中身が見えるようになっている。

今回も投票所へと行った。というのも、日曜日なので、教会のミサに代父とともに出て、その帰りに代父が投票所へと足を運ぶのだ。付き添いの人も多いため、別に投票所への入場が禁止されていることはない。

今回、初めて知ったのだが、carte electoraleという投票登録票があり、それと身分証明書を持参する。日本のように、そのたびに投票のためのはがきが来る、という制度ではない。

受付でその登録票と身分証明書をチェック。投票する候補者の名前の書かれた用紙をいれる封筒を渡される。その横には候補者全員のそれぞれの名前が書かれた紙がある。つまり11種類の紙があるわけだ。投票する候補者だけの名前をとる人もあり、わからないように数名の名前、あるいは全員の分をとる人もいる。だれにいれるかわからないようにしたければ、囲いのあるブースがいくつか用意されている。

代父はフィヨン氏に投票する。これは数日前から、甥や姪、あるいは友人たちから念入りに電話がかかっていた。

候補者の名前の紙をいれた封筒を、投票箱に投げ込むのだが、その投票口をいちいち開けたり閉めたりする。それはその横にカウンターがついていて、投票者数がすぐにわかるわけだ。

投票をすませると、名簿にサインをする。これで投票完了。簡単なものである。

なにかの報道で知ったのだが、候補者の人名を選挙人に書かせるのは日本だけとか。

投票所が開いているのは、確か8時から19時まで、ただし、パリやいくつかの大都市では20時まで開いている。
従って、選挙結果がでるのは、夜8時以降となる。

8時、テレビの前に座っている。見るのはF2の選挙特番だ。8時になると同時にもちろん暫定の数字だが、得票率がでる。マクロン23,7%、ルペン21,7%、速報値とはいえ、この二人が決選投票に進んだことは明らかだ。3位はフィヨン、4位にメランションが健闘してはいっている。

社会党の候補者アモンはすぐに敗北宣言をだし、決選投票でのマクロン支持を打ち出す。フィヨンも敗北宣言のなかで、極右が政権につく危険性がゆえにマクロン支持を述べる。

こういった報道をその場でみられるのが、フランスにきてよかったと思える瞬間でもある。自分に関係しないから、客観的にみられる。決選投票に、ルペンとだれかが残る、とは言われていたが、そのだれかがマクロンで、トップであったことは、当然でありそうだし、意外でもあった。

翌日からは、もうマクロンとルペンの対立だけが話題となった。(続く)

母に似てきた

昨日、弟に電話した。1カ月留守にするについては、別に何が起きそう、という予感があるわけでもないが、外国でのこと、いろいろ予想外のことが出来するかもしれない。

預託することを話したあと、弟が「お姉さん、お母さんに似てきたね」という。つまり、つれあいを亡くして、早々に、さっさと外国へ飛び出すことを言っているらしい。

母は60歳になるかならないかで未亡人となった。経済的には豊かではなかったが、子どもたちからの送金もあり、家は持ち家であったため、相当の倹約生活をしていた、らしい。
きっかけは、姉の家族が外国で暮らしていたのだが、夏休みに帰国する前、ギリシャ旅行をするというので、それに母を招待したのだ。母一人を日本から呼び寄せるのが不安で、私にも同行するように、と費用を出してくれた。

その旅行がとても楽しかったようで、姉たちからの招待も何年おきかにあったけれど、私が毎年、休暇を外国旅行にあてることを知って、同行したいと言い出したのだ。費用は自分でもつから、と。
親にノーと言えない教育を受けていたので、仕方なくつれていった。

好奇心の強い人で、言葉はできないのに、どんどん土地の人のなかにはいっていく。個人旅行で、すべて私が旅程を組み、ほとんど現地でホテルをみつけ、次の日程を決める、というような結構冒険的な旅行だった。それでもちゃんとついてきた。

「お母さんは、私に触発されたの。あっちが私に似たの」と弟に反論する。「まあ、そうかもしれないけど、DNAはお母さんだよ」

すごした時代は違うから、同じレベルで判断できないけれど、母は外国の友人たちにも人気があり、私が嫉妬するくらいだった。

母に似たい、と本当に思う。

ペットとは比べないで

先日、会合のあと、顔見知りの人が「お元気でしたか?」と声をかけてきた。1年くらい会っていなかった。気取りのない、とても感じのいい人で、好きな人だ。
つい、気持ちがゆるんで、「元気じゃない、夫が死んだの」と話した。

「まあ、それはどんなにお寂しいことか」と同情される。「とっても寂しい」とこちらも甘えていう。そのあとがいけなかった。「一緒に長くくらしていると、犬が死んでもその喪失感はものすごいから、ご主人ともなれば。。。」ときた。

ちょっと待って!「犬と夫を同じに扱わないで」とつい言ってしまう。「ごめんなさい、ただ、一緒に暮らしたペットでさえ、、、、」と知人は言い訳をされる。
それはわかる。ペットロスというのは相当なものらしい。友人にも、ペットの骨をサロンにおいている、という人もいる。

しかし、つれあいとペットを同格に扱われたみたいで、あまりうれしくない。こちらはあまりペットを好きではないからだ。
つれあいの写真にことの次第を話した。この地に住み始めたとき、「犬でも飼いましょうか」と相談したとき、「犬の分まで、僕をかまってください」といったことを思い出しながら。

一夜飾りはよくない、というけれど

だいたい迷信というものを無視するタイプなのだが、なぜか、こだわる言い伝えも持っている。たとえば、一夜飾りはよくない、という言い伝えもその一つである。

年末、12月31日大晦日にぎりぎりでお正月の飾りをしてはいけない、カレンダーなどもそれ以前に替えておく、などは結構守っている。

今日、ようやく水仙の花が数輪咲いた。咲いたというより、蕾が膨らんだという程度だ。だが、それでも待ち続けていた私にしてみると、ようやく、ようやくである。
つれあいの写真には、以前にいただいた供花の名残を飾っている。緑の葉ものとオーキッドが1本、かろうじて残っている。何か花を買おうとは思ったが、じき庭の花が咲き始める。つれあいは買った花より、庭の花を喜ぶはずだ、と待っていたのだが、なんせ、今年は春が遅い。

福寿草やクロッカスなどは咲いたとしても、お供えにするにはむかない。去年は、もう水仙もたくさん咲き、チューリップさえ初花をみせていたのに。

明日はここを離れる。朝にはお花なども処分する。1カ月も留守にするとなると、いくら寒くても、花瓶の花はもたない。鉢植えのシクラメンも地植えにした。
だから、今日切った水仙も明日には捨てることになる。

1日だけしかつれあいのもとにはおけないけれど、どうしても供えたかった。

でも、つれあいもパリに同行させるのだ。街路樹のマロニエやアカシアの花も咲くだろうし、一緒にいろんな公園で花をみることにしよう。最後のころにはバガテルの薔薇も咲くだろうか(ちょっと無理かも)。

今や空しい賞状・トロフィー

物置の中に、いくつものトロフィーが眠っていた。金色に輝いていたはずのトロフィー、もう色がくすんで、台座に錆もみえる。

これは何のトロフィーだろう、と台座の文字を読んでみると、つれあいの所属していたゴルフクラブのコンペ優勝トロフィーだ。いくつかのゴルフ関係がある。
おや、これは形が面白い、と見たのは、私のものである。その昔、村でテニスオープントーナメントがあったのだが、そのトーナメント準優勝のカップである。

おお、なつかしい、と思い出した。田舎のトーナメント、オープンといってもプロの参加はない。テニス仲間の友人と参加したのだが、女性はレベルが低く、決勝戦まで残ってしまった。対戦相手は、軽井沢のクラブで活躍している強豪ペアだ。惜敗した。
準優勝の商品は、キャベツ20個、二人で10個ずつ分けてくださいというものらしい。優勝者には、トウモロコシもついていた。

そんな思い出はあるものの、こんなトロフィーもういらない。物置においてあるのがその証拠だ。もっと早くに処分すべきだったのだが、つれあいが残しておいて、と言っていたのだ。彼にいわせると、コンペでの優勝がとてもうれしかったのだとか。

賞状もいろいろあった。もらった当時は感激したのだろうが、今や、感激を分かち合う人もいないし、感激を新たにすることもないだろう。

コンペやトーナメント、若いころは参加することにも意義があり、さらにトロフィーまでもらうとなると、大変名誉なことであったけれど、うん十年を経て、今やごみである。

プロのゴルファーやテニスプレーヤー、のみならず、いろんなスポーツで優勝しているひとたち、たまったトロフィーなど、最期はどうなっているのだろう。

復活祭を迎えて

今朝は復活祭のミサに与かった。クリスチャンにとって、クリスマス(生誕祭)より重要と言われている。それはクリスチャンになってから知ったことだが。

聖週間とよばれる先立っての1週間をへて、迎えた復活祭。先週の日曜日は枝の主日、棕櫚の葉をもって、エルサレム入場を祝う日だったが、ものすごい雨で、行進はできなかった。今日の復活祭は好天に恵まれた。

あまり信者暦が古くないせいか、どうも復活祭はなじめない。磔の刑に処せられ、葬られ、その3日後に復活されたという。そんな事実もオカルトじゃあるまいし、とか、だれが証明できるというの、と懐疑的なこともあるが、毎年、復活されたキリストが救ってくださると、お祝いするのだが、だれが救われているのだろう。

少なくとも、私は救われた気がしない。世界中を見渡しても、2000年近く、毎年復活を祝っているわりには、世の中がよくなったとは思えない。復活したキリストが誰に何をしてくださったのか、具体的にはなにも証明できないのだ。

具体的なものではなく、気持ちの問題なのかもしれないが、気持ちが救われたわけでもない。祈り方が足りないのか。不届きものだから救いがないのか。

昨日は、年金問題から、つれあいに甦れ、といったけれど、実際問題、よみがえられてもこまる。戸籍の復活など、できっこない。
キリストさまもよみがえったものの、この地上には住まわれず、天上へと昇られた。

やっぱり天からみていくのは大変なことなのだろう。つれあいがごとき凡人には、とても残った私のことを見守るなんてできないのだろう、と思ったりだ。

復活祭をやめませんか、なんていうクリスチャンはいないのだろうな。

届いたけれど、ショック、ショック!!

朝、年金の金額を知らせてこない、と書いたけれど、午後の郵便で「年金額・支給額」変更のお知らせが届いた。

何を期待していたのだろう。その支給されるべき年金額をみて、ショックを受けた。期待値よりよほど低い金額だ。勝手な期待値が大きすぎただけなのに。

月額になおしてみる。つれあい線損中のほぼ半額になるのだろう。一人だからこれでやれるのか、食費は半分ですむけれど、ほかの経費はそうはいかない。
と言いたいけれど、自分の年金ではない、遺族年金なのだ。

ショックを鎮めるために、庭の枯れ葉掃除を始めた。仕事がはかどる。どうすればこの金額で生活していけるのか、いろいろ考える。
倹約、倹約、倹約あるのみだ。何を倹約するのか、暖房に通信費が大きな出費だ。でも、これはなかなか倹約がむずかしい。などと考えていたが、倹約できる項目が見つからない。

これまではつれあいに、淋しいから戻ってきて、と言っていたけれど、今日は。年金の額が少ないから戻ってきて、と言ってしまう。

でも、一応、食べていくだけは確保されている。ありがたいことだ。

いついただけるの?

昨日、銀行へと出かけた。年金の入金を確かめるためだ。私の年金ではなく、つれあいの遺族年金だ。

12月に亡くなり、1月、可及的速やかに手続きをした。だから2月ごろには年金を受け取れるものと、期待していたのだが、年金事務所からは、ようやく年金関係の書類がまわってきたこと、これから審査をして、年金決定になるには2か月かかること、また審査後、初めての支払いが行われるまでには、年金証書・年金決定通知書なるものが手元に届いてから、おおむね50日かかります、というお知らせがきた。

まだ年金決定通知書なるものも届かない。2か月以内にお知らせするように努めております、と書いてあったが、務める対象外になってしまったのか。

つまり、原則として、2か月プラス50日、4カ月ほどの待機を余儀なくされるのだ。そうか、亡くなってすぐ年金をあてにしてはいけないのだ。

残すものを残してくれなかった場合、年金が生活の頼みの綱だ。膨大な件数はあるだろうし、慎重な審査は必要だろうが、もっと早くにならないものだろうか。

つれあいの口座から引き落としだったものを、私自身の口座引き落としに切り替え、私のごく少額の年金はすぐに枯渇していく。

ふれあい教室の活動

もう10年近く、つまりはこちらに移住して以来、学童を対象としたヴォランチア活動に参加している。今日はその一つ、ふれあい教室という活動の打合せ会議があった。
28年度の活動報告、そしてもう始まりつつある29年度の活動計画の検討がメインテーマである。

村の社会教育担当者、ふれあい教室の実質的主催者およびその手伝いをしている人たちが集まった。ふれあい教室は、東部と西部の二つの小学校で、放課後と土曜教室という形で行われている。東部小学校は1、2、3年対象、西部はなぜか1年と2年生だけだ。

年間、放課後ふれあい教室は15回から20回ほど、土曜ふれあい教室は8回行われてる。
まあ、いろんな遊びがあるものだ。私が知っているのは、カルタや折り紙、縄跳び、クリスマスツリー作りなどだ。
新しい遊び、という説明書きが配られたが、なべなべそこぬけ、蛇じゃんけん、カブ抜き、毒蛇遊び、木の中のリスゲーム、中腰じゃんけん、中腰ずもう、顔出しゲーム、自己紹介ゲーム、はいいはドン、セブンイレブン、アイスブレイク、などなど。

こういう遊びをやるとなると、先に説明をうけ、じぶんたちでも遊んでみないと、子どもを指導することなどできない。

まあ、私はシフトにははいらず、いざ、人が足りないときの保険、という立場でいるから、そんなにすべてを知る必要もないのだが。

ところが、会議の途中で、以前、私がお話をしたのが大変子供に受けていた、ということを言う人がいた。読み聞かせやお話というのを、必ずいれよう、ということになり、その役目がまわってきそうなのだ。

お役にたてるのはうれしいのだが、不在になることが多いから、ととりあえずは保険のポジションをキープである。

しかし、つれあいが亡くなって、自分の生きている意味がなんだか不確かに感じる今、人のお役にたてる、というのはうれしい。

今も残る古い情報

1カ月をパリですごすために、持病の薬を手当てした。お医者さんに事情を話し、すこし先走るけれど、と処方箋を書いていただく。

1カ月フランスですか?と問われる。「フランスって汚いそうですね、フランス人は不親切で、英語を話せないとか」

おやおや、この先生、何をおっしゃっているのだろう。ふつうは「花の都パリ」だし、「美し国、フランス」とフランスを賛美する人が多いのに。
先生の情報は、その昔、30年以上も前のものだ。そういえば当時は、フランス人は歩きながらものをたべて、そのかすや包装紙を道に投げ捨てる、犬の糞がやたら道に残っている、フランス人に道を聞いても返事してくれない、英語が通じない、フランス人は英語を話したがらない、などの情報が流れていた。

海外特派員がいかにもそのようなことを実体験として、知られざるフランス、などと称して、報道していたこともある。

当時はそうだったかもしれない。が、今はそうではない、とこれだけ、海外からの情報番組もあるのに、30年前の状態が今も続いているように思われているのだろうか。

パリの街はいまや掃除が行き届いている。その清潔さは日本と比較すれば、まだ劣るけれど、以前を考えれば立派なものだ。犬の糞も、飼い主の意識も少し変わっているし、フン回収のオートバイなどが毎日道路の糞を取り除いている。道路の清掃車も、毎日1度は、盛大に水を噴射させて掃き清めている。

さあ、英語を話せないのかどうかは知らないが、案内を乞うた人がフランス人であるかどうか、それもわからない。パリなど、あまりにインターナショナルで、生粋のフランス人かどうか、判別できない。それに昔とちがい、自分で情報を得られるようになっているから、そうそう聞く人がいるかどうか。

こうなるとフランコフィル(フランス好き)としては反論せざるを得ない。が、もうこれも昔の範疇にはいるけれど、ピーター・メールの「プロヴァンスの12カ月」などもフランス人をおちょくっていたものだ。これがフランスといいたいとき、賛美するよりおちょくるほうが愛情の表現になるのかも、と思ったりする。

1カ月もいるし、大統領選挙もあることだから、少し、冷静に、客観的にフランスを観察してみよう。
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