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太陽光発電への疑問

先日、新聞で、放射能廃棄物の管理を、400年間は電力会社で、10万年の長期保管は政府で、というような内容の記事を読んだ。電力会社が400年後も残っているのか、と思ったが、ある経済学者の話では、400年といえば、徳川幕府と明治時代以降を考えれば、企業として残りうる年数だとか。しかし、10万年となれば、そうもいえないだろう、と政府への不信感を常にもっている私としては、こんなことが可能とは思えないのであった。

特に今、チェルノブイリについての本を読んでいるところだ。スベトラーナ・アレクシェービッチというノーベル賞作家の著作である。「チェルノブイリの祈り、未来の物語」という本だ。彼女がチェルノブイリ事故の10年後に、住人や事故処理にあたった軍人たち、疎開した人たち、いろんな関係者にインタビューをした内容が記載されている。

その中で、10年を経ても、チェルノブイリの影響は続いており、危険なままであること、事故の瞬間からずっと、政府のいい加減さ、意図したごまかし、住民の無知、様々な問題点があげられている。
1986年の事故から30年がたったけれど、いまだ放射能の危険は残っている。

さて、日本はフクシマから5年しかたっていない。安倍首相はunder controleというけれど、凍土壁は効果をあげず、おそらくは垂れ流しの状態なのではないだろうか。
あのおそるべき数のタンクを建てたひとたちは、放射能の影響はうけていないのだろうか、などと、この本を読みながら思っている。

政府や経済界は、原子力発電を、CO2を出さない、平均した発電能力をもつ唯一の発電所だと持ち上げる。CO2は出さなくても、放射能は出す。耐用年数がすぎた火力発電所を稼働させるより、原発のほうが安上がりの電力が得られる、というけれど、原発のどれも、もう耐用年数をすぎているか、それに近いはずだ。

というので、この頃は太陽光発電に脚光が集まっているけれど、これもどうなのだろう。我が家の近くは森林というほどではないが、雑木林に囲まれている。住んでいる別荘地の中はまだ大丈夫だが、車で数分のところにある雑木林が伐採されている箇所がいくつもある。伐採して、あらたに植林されるわけではない。おそらくは太陽光発電のためのパネルが設置されるのだろう。人の土地だし、私が口出しすることではないかもしれないが、こういうところにパネルを設置するのは、自然破壊になりはしないだろうか。

木が多いから、空気がいい。気温が安定している。自然の恩恵そのものだ。むき出しにパネルを設置するというのは、発電の代償としてこの自然を失うことになる。
屋根に数枚のパネルを設置して、その家の電気を賄う程度、あるいは、砂漠や荒地などに大規模に設置することは、効率からもいいのかもしれないが、森林をつぶしてまで、というのはどうなのだろう。

この頃はゴルフ場も一部にパネルが設置されているとか。この自然との兼ね合いをきちんと考えておかなければ、再生可能なエネルギーの人間の生活を破壊するものとなりかねない、と心配している。
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コメント 1

beni_ha


「太陽光発電」の耐用年数は20年ほどのはず(?)です。
きちんと「廃棄処理」が行われたら問題ないのですが、放置されたらどうなるのでしょうね。

事業主体が分散しているだけにお荷物化してしまいそうな予感も。



by beni_ha (2016-09-08 21:33) 

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