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プーケットの夕日

プーケットにようやく到着した。何事もなくホテル差し回し(かっこいい)のリムージンに乗れるはずだったが、我々女子会メンバーはそれではおさまらないようになっている。バゲージ・クレーム、国内線で待っていると、最期の最期に、あなた方は国際線のバゲージ・クレームの方だ、と言われる。

国内線と国際線が別建てとは知らなかった。バンコクの空港で国内線から搭乗だったから、もう国内線で荷物も扱われている、と信じていたのだ。

こんなトラブルで、空港から出るのに時間がかかった。待っているはずのリムージンがいない、とこれも慌てる。まあ、結局はリムージンがいたけれど。

そのリムージンに乗った時はもう疲労困憊、ぐったりなって、空港からの景色も見る気力もなかった。もう夜になっていたこともある。

ところが、正面に大きな月、まん丸の月が見える。えっ、これお月様?こんなにまん丸なんて満月?と月齢に関心がないので、その夜が満月なのかどうかも知らなかった。

きっと歓迎のしるしよ、と舞台装置の一つのように思ってしまう。そんなに完璧なお月様だ。
正面から右側へ、そして少し後方へと月が移動する。そしていつの間にか、また正面へ。車の方向が変わっての月の移動なのだろうが、前後左右(左右はないか)に自在に動いているようだ。

市街地といっても、平屋の民家ばかり、あるいはヤシやゴムの林が続いている。低い位置にあるお月様がいつまでも我々に同行だ。

と月の話を滞在中の友人に聞かせると、ここは夕日がとてもきれいなのだよ、という。海に沈むのだそうだ。日の出は朝起きができないから苦手である。夕日なら大丈夫、日没をみようということになる。海岸線は9キロもある。お好きなところでどうぞ、とのこと。

翌日は快晴、夕方までお天気なら、日の入りをみることができるだろう。期待は膨らむ。満を持して迎えた夕刻、ここは南緯何度かは知らないが、やはり年間を通じて日の出、日の入りの時間にあまり差はなさそうだ。
6時15分くらいに海岸へと足をはこぶ。我々だけではない。大勢の観光客が待っている。砂浜からすこし上の芝生には、ビーチデッキを運んで、ちょっと年齢の人たちが。砂浜には子供や恋人たちが。それぞれにベストポジションを選んで待っている。

カメラレンズを通してみる夕日のポジションは、実際のポジションと少しずれがある。まだまだと思っていると、カメラではもう日没寸前になったりして。
波に映る太陽、太陽が2つも3つもあるようだ。日没寸前にでるという「緑の光線」は見られるだろうか。期待は高まる。

これまでに見た日没では、ルクソールの王家の谷のものが最高だった。これだけは天気と舞台装置、そして望ましいのは一緒に見る人、3大条件である。

最後の瞬間は、丁度雲がかかっていて見ることができなかった。ほんの数センチ、というところなのに、と文句をいうが、人為のことではない。

砂浜の恋人たちの姿もすこし闇にかくれてきた。私たちも部屋へもどりましょう。

1週間の滞在中、日の入りを見ることができたのは、その日だけだった。でも、プーケットの夕日、これはしっかりインプットされている。満月は限られるけれど、夕日は毎日、チャンスは多い。

また来年にみましょうね、と友はいう。また来年もこの地にこれるのだろうか。
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